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リレーエッセイ :石井秀樹 第32回
サロン中央エピソードT
石井秀樹






 平成12年6月に甲府を離れて早4年が経とうとしている。最近のサロン中央について僕が知らないことがある反面、サロン中央の歴史について知らない方も多いと思うので、つたない記憶をたどって思い返してみました。

(田中先生・若林さんとの出会い)
 平成6年9月に転勤で埼玉県大宮市から山梨県甲府市に引っ越しをし、武田神社のすぐそばで一人暮らしを始めた。
 大学生の頃から行きつけの埼玉将棋センターで、山梨で誰が強いのか聞いたところ「若林さん・杉野君」と聞いていたので、その二人は要注意だと思っていたら、杉野君は当時大学生で東京にいた。 したがって、若林さんだけをマークして平成7年の王将戦に出場した。
 王将戦の本線1回戦では当時僕は知らなかったが、大下さん(後日、泣く子も黙る県強豪と判明・現在も成長中)に当たり、ど必敗の将棋を時間切れで逆転勝ちした。その後、若林さんに当たり、立石流からボコボコにされて完敗した。
 若林さんの横にはいつも謎の男「田中先生」がいた。埼玉将棋センターでは話に出なかった人であったが、若林さんに対する態度から将棋の腕はかなりのものとお見受けできた。

(サロン中央の発足と入会)
 僕は、平成7年頃に若駒会支部に入会していたが、平成8年正月の米長先生を囲む将棋大会で、田中先生に「今度将棋道場(サロン中央:通称サロ中)を始めたから遊びにおいで。」と言われ、程なくしてサロ中に遊びに行くこととなり、田中先生の口添えで若駒会支部を止めてサロ中支部に入会することになった。
 サロ中の常連は、田中先生・河野さん・古豪の野呂瀬さんと僕で、隣のお好み焼き屋(通称:ババーのお店)で出前を取って夜遅くまで将棋を指した。
 しかし、サロ中では将棋は仮の姿で、レクリエーション(通称レク)がメインであり、田中先生を筆頭に若林さんも酒が強くて、夜な夜な飲みに連れて行ったもらった。
 将棋一筋でまじめな僕は、サロ中に入会前は将棋大会後の打ち上げは決まって居酒屋で、あわよくばその後将棋を指していたりしたが、サロ中入会後の打ち上げは、当然飲み屋で女の子と一緒の反省会であり、二次会は前の飲み屋の(女の子の)反省会をしたり、反省の日々だった。

(当時の山梨将棋界と僕の近況について)
 僕が山梨にいた平成7年頃から平成12年頃にかけては若林さん・杉野君が中心で、両者で優勝を分け合っており、たまに他の人が優勝するという状況だった。
 僕も将棋はそれなりに一生懸命指したが、相手の実力を遺憾なく発揮させる棋風が災いし、たまに上位にはいくものの結局いい結果は残せなかった。特に若林さんには全く勝てず、大会でかなり当たったが、東京のレーティング大会で1回勝っただけだった。
 唯一の自慢は予選落ちがなかったことで、杉野君も大下さんも予選落ちを経験している。(こんなの意味無いけど)
 そろそろ転勤が近づいてきた平成12年6月頃には、新しい勢力として井上君・古屋君がだいぶ強くなってきていた。僕が山梨で最後に出場した竜王戦では予選で井上君に負けて、本戦1回戦でも井上君に負けて(子供ながら、大人げない)、有終の美は飾れなかった。
 最近将棋はあまり指していないが、たまに将棋倶楽部24で遊んでおり、現在1900点台後半をうろちょろしている。ここ数年、勝てないことと相まって将棋には気合いが入らず、ただの暇つぶしと化している。
 この間、通勤途中に本を読んでいたら、骨折して腕にギブスをしたら、怪我が治ってギブスをはずしても当分元には戻らないのと同様に、脳みそも1回使わなくなると、元に戻るには時間がかかると書いてあった。逆に言うと時間がかかってもリハビリすれば元の力に戻れると言うことなので、楽観的に考えて、今は時間もないし、もう少し弱いままでいいやと思う今日この頃である。(アマチュアなので時間ができたら挽回すればいい)

(サロ中支部会員の常識:最低でも押さえておいてほしい事項)
1.田中先生ダブルドタキャン事件
 ある日
 田中「石井君相談したいことがあるんだ」
 石井「何ですか」
 田中「違う飲み屋の女の子二人と同じ日にデートの約束しちゃったんだけど、どっちとデートすればいいと思う。」
 石井「さすが田中先生。田中さんのことをより好きな方とデートすればいいじゃないですか」
 田中「まーちげーねー。そうするわ!」

 後日、どちらとデートするか真剣に悩んでいた田中先生の所に、二人の女の子からドタキャンの電話があったことは言うまでもない。

2.ババーのお店と田中先生のシャワー
 サロ中に将棋の相手がいなかったりすると、隣のババーのお店に1杯飲みに出かけることが良くあったが、ラフな格好をした田中先生が現れて
 田中「石井君飲み行こう」
 石井「いいですね。どこいきましょうか。」
 田中「ここでちょこっと待ってて。シャワー浴びてくる。」
 程なくして顔をピカピカにし、スーツ姿でビシッと決めた田中先生が現れ、二人で甲府の夜の街へと消えるパターンが良くあったが、田中先生がシャワーを浴びてビシッと決めることに、どれだけの効果があったかは、神(女の子)のみぞ知る。

3.田中・古屋戦
 古屋君がまだ小さかった頃、将棋大会で
 若林「あれ!石井君 大会なのに田中さんが一人で将棋指してるよ」
 石井「ほんとですね」
 若林「いや、よく見ろ石井君。小さすぎて見えなかったけど、子供と指してる。」
 石井「田中先生、鼻に汗かいてますよ」
 しばらくして、悔しそうな顔の田中先生が現れた。

4.職業プロレスラー
 田中先生と僕の分の将棋大会の申し込みを若林さんにお願いしたことがあった。
 将棋大会当日の参加者リストの田中先生の職業欄にプロレスラーと記載されており、それを見た参加者が「ずいぶん華奢なプロレスラーだな」と言っていたのを聞いて田中先生が「若林、よけいなことしやがって」と恥ずかしそうに言っていた。
 ちなみに、職業イラストレーターの時とパーマンの時もあった。

 他にも、「田中・若林100番勝負」「善行さんパンツ事件:マグロ名人戦」「田中先生 お母さん発言」「親子で回し読み事件」「チェリー号事件」「あずさ便所詰まらせ事件」「田中先生飛車角連続ただ捨て事件」「劇団サロ中事件」等いろいろあるが、整理不能のためまたの機会にする。

(最後に)
 6月頃に子供(多分娘)が生まれる予定であるが、田中先生のような超大物に見初められないように(分不相応なので)、厳しい指導をしていこうと考えています。
                           以 上


 バトンをもらってからだいぶ遅くなってすいませんでした。
 次はサロ中の常連だった河野さんにお願いしようと思っています。

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