リレーエッセイ 今村 充 第24回
今村 充






岡安君からバトンを受け取った今村です。もともと文章を書くのは大の苦手ですが、自己紹介も兼ねて自分と将棋について振り返ってみたいと思います。

 私が将棋を覚えたのは,確か小学1年生の頃で、父から手ほどきを受けた。10枚落ちから始まり、3連勝すると上手の駒を増やしていった。また新聞の棋譜を切り抜き、父と一緒に並べた。小学4年生の頃には、気が付くと父親を追い越し、町道場で3段レベルになっていた。この頃、年齢の割に強かった私に棋士への道を勧めてくれた指導棋士の先生がいたが、父が「私の後を継ぎ医師にさせる」といって断ったそうだ。父は将棋に限らず、囲碁,麻雀,数学等を小学生の私に詰め込んだ。特に勉学に関しては時に「巨人の星」なみのスパルタ教育を受け、小学6年で連立方程式や簡単な微分積分を解いたりしていた。小学高学年になると進学塾に通い、中学受験。父を追い越した後は周りに将棋を指す相手もおらず、受験の忙しさもあり,それ以上には強くならなかった。
 私の入学した開成の将棋部では、当時部員も少なく、長い低迷期を迎えていた。小学生時の貯金で中学生選抜の東京代表に2度選ばれたが、自分が強くなるための努力をせず、中学入学から高校卒業時までほとんど棋力が変わらなかった。だが3年間部長をするなど長期に渡り独裁(笑)を敷き、積極的な勧誘と指導で部員数・質の向上には貢献できたと思う。
 大学入学時には将棋を続ける気はなく、野球部に入部。だがゴールデンウィーク中の練習で,肉離れを起こして野球をできなくなった。ちょっと気晴らしにと思い将棋部に顔を出すと,部内新人戦を行っており,そこで優勝。抜けるに抜けられなくなり、気がつくと毎日指しまくる生活になっていた。私が入学した時には東大将棋部は5年連続で王座戦優勝する黄金期で, 中高時代と異なり、常に自分より強い先輩が周りにいて非常に勉強になった。2年時には部長になり、毎朝10時から夜の9時まで将棋を指し、途中息抜きに講義に出るといった生活を送った。3年以後は専門科目が始まり、キャンパスも変わったため、日常は医学を優先し、大会前に将棋の調整といった生活であったが、4年〜5年時に主将という大役を任して頂いた。「東大将棋部の主将はタイトルをとる」という伝統があり、主将就任直後に将棋一本の生活を送ったが、運良く現在のキリンビバレッジカップで優勝できた。だが肝心の団体戦では急所で勝てなかった。
 大学将棋の魅力は,何と言っても団体戦にある。試合前の吐きそうになる程の緊張感。ギャラリーに取り囲まれ異様な雰囲気の中で指す苦しさ、楽しさ。将棋の技量だけでは決まらない団体戦ならではの勝負。団体戦を指すことで、相当精神的に鍛えられ、それ以上の緊張は経験がない。自分が3−3で残ってから勝ち王座戦優勝を決定した日の美酒。自分が負け王座戦優勝を逃したときの悔しさ。そして何よりも、17年ぶりに王座戦出場を逃したときの悔しさ。その時の感情、場面が今でも鮮明に蘇る。主将本来の仕事である団体戦優勝は主将の2年間、春の関東リーグ戦2回のみであり、反省することが多い。自分なりに医学と将棋を一生懸命両立させたつもりであったが、大会が近づくまで平日に顔を出さない時点で主将として失格だったかもしれない。だがこうした全ての経験が今の自分の財産である。優勝争いできる恵まれた環境で戦えた自分は幸せ者である。
 研修医となってからは、ただひたすら病院中心の生活であった。泊り込みも辞さず、土日、祝日も病院勤務。朝から晩まで仕事である。だが、やりがいのある仕事であり、めったに苦痛に思うことはない。医学は学問として本当に奥が深く、興味深い。医療現場では、先を読み、最善手を選ぶ必要がある。そのためにも日々の勉強が要求される。急変時には秒読みの勝負になる。時には壮絶な場面で冷静さを保つ必要もある。特に精神面で大学将棋の経験が生かされていると思う。
 昨年、東大将棋部で私の1学年上で主将を務めた東野徹男さんがアマ竜王となった。大学時代、特に団体戦で鉄壁を誇った最も尊敬する先輩である。主将としての心構えなど、精神面でも非常に勉強させて頂いた。
 先輩の活躍をみて、完全に遠ざかっていた将棋に対する思いに火がついた。ちょうど医師として3年目を迎え、研修医を指導する立場となり、仕事にも余裕が出てきていた。将棋を指す場所を求めて赤旗名人戦へ出場。そこで対戦した山内得立さんを通じてサロ中との出会いとなる。
 医師として臨床に携わる以上、妥協は許されない。大学時代から実感しているが、医師になった今ではなおさら、医学と将棋の両立は困難である。もともと実力がない上、ブランクは大きく、時間も限られ、また王座戦優勝という明快な目標もない。だが将棋に費やした日々、情熱に値するだけ将棋から得たものは大きい。将棋を通じて増える交流、これも魅力的である。今後も自分なりの形で将棋に情熱を注いでいきたい。

リレーエッセイ次の走者は、私にサロ中を紹介して頂いた山内得立さんにお願いします。





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