リレーエッセイ 岡安 玲士 第23回
岡安 玲士






遅くなって申し訳ありません。
リレーエッセイです。

リレーエッセイ 第23回 岡安 玲士(れなぞう)

 カズオさんからバトンを受け取った。これまで内向きの媒体(大学将棋の部内誌など)に文章を掲載したことはあったが、今度の舞台はアクセスも多いサロ中のサイト、しかも相手はインターネットである。いくらエッセイだからと言って好き放題勝手放題書くわけには行かない。さてどうしたものか…

 それは今から12年も前のこと。高校1年生の夏休みを迎えていた私に母親が新聞記事を持ってきた。「高校竜王戦神奈川県大会だって。出てみたら?」小学校、中学校と道場オンリーで過ごしてきた私には大会というものにはほとんど縁のない世界だった。何も変化がなければそのまま見過ごしていたのだろうが、その日の夜、当時私が好んで見ていた「筑紫哲也ニュース23」で放送された筑紫哲也の言葉が私をはじめての大会に送り出した。あのとき筑紫哲也が何を言っていたのかは覚えていない。しかし、間違いなく氏の言葉が私を大会に駆り立てた。そのことだけははっきりと覚えている。
 初めての大会。当時私の将棋は矢倉やひねり飛車を好む居飛車本格派であった。道場で番数を鍛えたたたき上げの将棋。荒削りなだけの将棋だったが、今の将棋にはない腕力があった。1回戦、2回戦、準々決勝、準決勝…勝ち進んでいく。気がついたら私は決勝戦の舞台に立っていた。決勝の相手は高校選手権者・尾澤透氏。尾澤氏の立石流ではじまった。しかし当時はそれが立石流であることすら知らず、将棋は作戦負けに追い込まれていた。どうする、どうする…35分切れ負けの将棋のうち7分あまりをつぎ込んで、勝負手を放った…そこからは激戦となった。無我夢中で指しているうちに残り1分のところで尾澤玉に必死がかかった。勝ちを確信した。しかしまだ終わりではなかった。私の時間が切れかかっているのを突いた王手ラッシュ。王手ラッシュ…私の時間は…切れなかった。尾澤氏投了。こうして全く無名の人間が神奈川県代表になった。私の将棋人生が怒濤のごとく流れ始めた瞬間であった。

 高校2年の冬、カニカニ銀で殴り倒す無謀な将棋で高文連新人戦を制したあとのことである。一冊の本を買った。「スーパー四間飛車」…強かった頃の小林健二八段(当時)によって書かれたこの本を読んで私の将棋が変わった。それまで破壊する対象でしかなかった四間飛車に惚れ込んだ。それまで自分が愛用していた左美濃と居飛車穴熊を叩き潰すことに喜びを見出して、無我夢中で四間飛車を指し始めた。居飛車本格派から四間飛車一筋に将棋を変えた小林健二のようには行かなかったが、徐々に四間飛車党へと将棋が変化していく過程は、カニカニ銀で殴り倒すだけの将棋にはない楽しさがあった。「羽生の頭脳」を振り飛車党の立場から読んだり、「小林健二の将棋 鍛錬千日・勝負一瞬」を並べたりして振り飛車の感覚を真似てみた。そして苦手だった序盤も、四間飛車という一つの将棋にこだわって研究しつづけることによって少しずつではあるが改善されてきた。無論現在に至るまで序盤は私にとっての課題であり未だ建設途上ではあるのだが、定跡を知らずにボコボコという将棋はこの頃から少なくなっていったように思う。そして最後の夏で高校竜王戦準優勝を果たし、四間飛車党岡安のスタイルはこのときに固まった。「新スーパー四間飛車I」、「新スーパー四間飛車II」、「藤井システム」、「東大将棋四間飛車道場」、「必勝!四間飛車」…以来現在に至るまで、読む本は変わっていったが振り飛車一筋に指し続けている。四間飛車は小林健二によって開かれた道が、藤井猛、久保利明、鈴木大介らによって受け継がれ発展し、今また羽生善治をはじめとするトップ棋士たちにも愛用されている。かつて居飛車穴熊の隆盛によって下火だった四間飛車の復活は私にとっても嬉しいことであった。

 四間飛車党として大学生活を歩んでいた日々に、一本のアニメに心を奪われた。2010年横浜の海上に誕生した人工都市・横浜ネオアクロポリス。そこに住む11人の少女の物語「セラフィムコール」。物語で描かれる美しい人工都市の街並みも、少女たちもどれもが素晴らしく見えた。天使の住む街という言葉が嘘ではない気がした。天使の住む街を見てみたい。当時大学の建築学科に在籍していた私はそう願った。残念なことに学業はその後破綻し、天使の住む街を見るという夢は見果てぬ夢になったのかの感もあるが、別の道を歩んでいるうちに見つけられることもあるだろう。大学から離れて生きるようになった今はそう考えている。この作品のキャラクターデザインを担当した七瀬葵は現在漫画家、イラストレイターとして大活躍しており、現在に至るまで私は熱い支持を送っている。 これをきっかけとして、私はゲーム、アニメ世界に見る女性観の研究を将棋と並ぶライフワークと定め日々研究と実践を行っているのだが、詳しいことはここではこれ以上触れないでおこう。興味のある方は岡安まで問い合わせられたい。

 そして現在。3つの転機によって、今の岡安将棋が存在している。どれ一つ欠けても実現することのなかった転機。さらなる転機、さらなる出会いを求めて、盤上の戦いをこれからも続けていこう。

 リレーエッセイ次の走者は、大学時代に辛酸をなめさせられた私の永遠の宿敵(笑)、今村充さんにお願いいたします。





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