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リレーエッセイ 鳥居勉 第18回
鳥居  勉






実はこのリレーエッセーを書かせて頂くことになるまでは、もし自分の番が回ってきた際には、他の皆様が書かれた物を参考にしようと考えていました。
しかし大きな問題が一つ。エッセーってなんだろう??調べてみると個性的色彩の濃い散文……
真似しすぎてはダメなようですね。バラバラな文章になってしまう確率が更に高くなりましたが期待せずにふわふわと読み流して頂けたら幸いです。

1.プロを目指していた頃
 駒の動かし方を覚えたのがいつであったか定かではないですが、近所の将棋クラブに通うようになったのは中学1年の頃です。といってもそこから将棋漬けかというとそうではなく、学校が無い日の半分ぐらいは、さて将棋クラブにいこうかな、といった程度でした。 そこの将棋クラブには二つ年上で親切してくれた方や、のちのプロや奨励会3段の方(年齢は下です)もきていたので楽しみながらいつのまにか棋力も向上していたのだと思います。
2年ぐらい経ったころにはいわゆる並四(当時はそのような言葉は知りません)程度の力になりなにを思ったかプロになりたいという希望をもちました。そして研修会に入り高校2年の夏に2度目の奨励会試験に落ち、プロの道をあきらめ将棋をやめました。

と、これでは皆さんと出会うことがないのですが、大げさに言えば生活が変わることがありました。

2.ネット将棋
 二年ほど前にネット将棋の存在を知りました。一度ネット喫茶で指してみると見事にはまってしまい、将棋を指すためだけにパソコンを買いました(笑)
それから暇さえあればネット将棋を指す生活となりました。Rで言うと1900点台にいることが多く、頓死勝ちや相手の時間切れなどにも救われ2050点を記録した時には二度と破れないであろう自己記録と考えていました。その後も同じような調子で指していたのですが、一つ考えていた事がありました。
もしも、その記録を破ることができたら大会に出ようという事でした。

3.翔風館との出会い
 その後、運もよかったでしょうし今考えればかなり低いハードルだったので無事(?)目標を達成し、大会に出るようになりました。いくつかの大会に参加したので次もでるぞ!と大会日程を調べてみると、そこには「支部名人戦」とありました。そして参加資格は支部会員であることと記載されていました。それならばどこかの支部に入ろうと考え、友人に相談したところ翔風館埼玉という言葉がでてきました。聞くとそこには強豪がたくさんいるらしいので、さっそく会員になりたいとの電話をしました。実はなにも知らない私は、希望すればだれでも会員になれるものと思い込んでいたのです……。説明を受け、諦めたのですが色々話をした上で館長と会う機会を与えて頂き、その後会員となったのです。
 翔風館の一員となってからは、ものすごく多くの人との出会いがありました。年齢もさまざまです。
今までの人生の中でも「仲間」と思える人がこんなに多くいた事はなかったと思います。たまたま10年以上前に将棋をやっていた事と、突然再開した事によって今の生活があると思うと、世の中不思議な縁があるものだなあと感じずにいられません。

最後に少しだけ自分の考えを書かせて頂きたいと思います。決して違う考えをお持ちの方に対しての悪意はありませんので、その点ご了承願います。

4.仕事の愚痴
 将棋と通じて知り合った人と、それ以外で知り合った人とでお酒を共にすると感じることがあります。
それは「仕事の愚痴」が出るかどうかということ。将棋で知り合った人と飲んでいても出てこないように感じます。これだけ大勢の方がいるわけですから、これが理由だと一言で言うことはできないでしょうが私の考えでは一つにプロの存在があると思います。好きなことを仕事にしている人を具体的にみているんですよね。だから好きな仕事をしてるやつなんていないだろうという言葉が出てこないのではないかと。
もう一つは本能的に弱い所なんてみせられないというのもあるかもしれません。
いずれにしても、又はそれ以外の理由でも「仕事の愚痴」がないほうが楽しく飲めますよね。
もちろん私は好きな事を仕事にしようよ派です。

5.これから
 何年か後の自分は一体なにをしているのだろうとふと考えることがある。去年が全く予想できなかった
一年間だったからです。さすがに毎年変わることはないのでしょうけどね。
仕事・将棋・お酒、全く変わらないかもしれないと思うこともありますし、突然の出会いから結婚なんて大技もあるかもと考えたりもします。ただ何年先でも自分らしさだけは持ち続けたいと思います。


これ以上書き続けるとどんな文章になっていくか自分でも心配になってきたのでこのあたりで終わりたいと思います。うっかり最後まで読んでしまった方お疲れ様でした。


次は私の翔風館入りの恩人である、吉田 昌弘さんにバトンを受け取って頂きたく思います。

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