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リレーエッセイ 秋山 博 第17回
秋山 博






リレーエッセイのバトンを受けたものの、文章書くのは苦手でどうしようかなあと途方にくれておりました。ただ自分について少し振り返って考えるきっかけになってそれは良かったと思っています。将棋を始めた頃、大学将棋で頑張っていた頃、社会人になってからの話といろいろあるのですが、今回は自分と将棋との関係を語る上で重要な一つの『縁』についてお話したいと思います。

 小学4年の夏に埼玉から東京に引越した時、転校した学校の同じクラスにM君は居ました。M君はプロ棋士の将棋教室に通うほど熱心に将棋に取組んでおり、当時将棋を覚えたばかりで、面白くなりかけていた私にとって良い目標となり、将棋に更に熱中するきっかけを作ってくれました。また、彼は同級生にしてはしっかりとした考えを持った人間で、尊敬の気持ちもあったと思います。

 転校して半年位は、放課後はM君の家によく遊びに行って将棋を指しました。何百局も指したでしょうか。弱い私と指すのは彼にとってはどうだったのか判りませんが、私はおかげで実力を伸ばし、将棋にはまっていくことになります。M君に誘われて初めて将棋大会(小学生名人戦)にも出ました。その後クラスも変わり、高校からは学校も異なってしまいましたが、将棋道場や将棋大会で顔を合わせて将棋を指す様になりました。
 M君は居飛車の正統派攻め将棋でした。切れ味の鋭い才能あふれる将棋で、とても真似できないなあと思っていました。高校生の頃はどうやって彼の攻めを凌ぐかということを考えていた為か、私自身の将棋がだんだん形にこだわらない受け将棋になるきっかけになりました。

 私とってM君は師匠と呼ぶのはちょっと大袈裟かもしれないけど、将棋を覚えてから大学に入る迄で最も影響を受けた人であることは間違い無いです。もし東京に引越してこなかったら、もしM君と同じクラスに転校してこなかったら・・・どうなっていたのだろうか。皆さんにも、そんな出会いってありますか。M君とはもう10年以上会っていませんが、元気にしているかなあ。

 20年以上前の一つの出会いを思い出しながら、今までの将棋に関わる全ての『縁』に感謝し、また新しい出会いを楽しみに将棋を楽しんでいきたいと思います。皆様今後ともよろしくお願いします。

(おまけ)
 私はお気楽志向で、ついつい易きに流れてしまう悪い癖をもった人間です。ここ数年は何事も中途半端になっていました。このままではイカン!!。今年の私のテーマは『結果を出す』です。将棋も、仕事も、ダイエットも(!!!)結果にこだわって頑張りたいと思います。(おしまい)


サロ中トップページの会員名簿を見ながら次にバトンを渡す方を考えまして・・・鳥居 勉さんにお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。

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