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リレーエッセイ 若林正俊 第7回
『翔風館と甲府サロン中央の交流記』
若林正俊
甲府サロン中央支部・副支部長





門井君の指名を受けて、第1回の田中さん〜第6回の門井君のエッセイを改めて、読み返しました。みんな上手すぎですぅ〜う@よぉ〜しっ%俺も「王様固めて」んっ?頑張って書いてみようぅ〜う@
第7回リレーエッセイ「翔風館と甲府サロン中央の交流記」
最強の翔風館と地方の一介の支部甲府サロ中央の熱い・厚い交流はどうして始まったのかっ!!

1番最初の接点は、鈴木晃館長の大学時代にさかのぼります。
大学将棋の大会会場の喫煙場所で、我が支部1番の「豪腕」善光さん(当時青学のエース?)が、晃さん(当時早稲田)と度々一緒にタバコを吸いながら話をして、面識をえたのが接点なのです。これが、うちにとっては、幸運のはじまりだったのですぅ〜う@

それから、歳月が流れて「女流プロの親睦会」に、田中支部長が鼻の下を伸ばしながら、善光さんと一緒に参加しました。その会場で、鈴木晃館長を善光さんに紹介してもらった田中支部長が、「今度ぉうちの支部とぉ交流戦をやりませんかっ♂」と持ちかけたのです。田中支部長♂恐るべし^^;

その後、山梨に帰ってきた(二日酔で)田中支部長から、その話を聞いた私は、ビックリしました。正直に云って、実現は無理だと思いました。
田中支部長♂「若林、うちも出る今度の全国支部対抗戦東地区大会に、翔風館も埼玉代表で来るから、その時おまえを紹介するからなっ、前夜祭のときにでも、話をしようぜっ」♂

平成12年第29回全国支部対抗戦東地区大会に我が甲府サロン中央支部は、山梨代表として、個人戦に若林正俊 団体戦に田中陽一・山本善光・石井秀樹が出場した。翔風館勢も個人戦に古賀一郎(東京代表)・渡辺久記(埼玉代表)
矢橋修(千葉代表)団体戦に鈴木晃・前田亮・常谷誠が出場した。
その前夜祭で、私は鈴木晃館長に初めてお会いした。交流戦の話も出たが、翔風館団体戦出場の3人は、明日の事で頭が一杯と見受けした。無理もない、のちに訊いたのだが、絶対に優勝をしなくてはいけないと3人で固く誓っていたのだそうだ。
しかし、話をすることができて、私の面通しもでき、有意義な時間を過ごすことが出来た。この第29回大会において、実力・意気込みで他を圧倒した、
翔風館は見事団体を制した。個人戦も矢橋君が優勝。久記君が3位と、強いところ見せつけた。
甲府サロン中央は団体戦1回戦敗退^^;私も、2回戦で負けました。(一応古賀さんと同じ成績)

鈴木晃館長や、役員の前田亮さんたちと知り合いになる事はできたが、交流戦の実現は無理かなと思っていた。しかし、そんな矢先に思わぬ事が起こった。

山梨で初めて関東名人戦が行われた時に、鈴木晃館長が前田亮・常谷誠とひよっこり会場に現れたのだ!!なんの連絡もなしに来たので、私や田中支部長もビックリしたなんてもんじゃ焼き!!
その夜「濃厚な飲み会」を初めてやって、鈴木・前田と、田中・若林はとてもいい感じになった。「交流戦をぜひやろう!!」夜の甲府にその言葉は何回も木魂した。
その後、翔風館の誇る素晴らしい研究会に私が初めて参加させてもらってからは、交流戦に向けて、マッハのごとく事が進み、平成12年の夏に第1回の交流戦を山梨において開催する事ができたのであった。
それからは、今日に至るまでに、研究会や大会等の将棋だけではなく、飲み会やレクなどの交流が厚く・熱く行われております。
それは偏に、鈴木晃館長をはじめとする翔風館のみなさんのおかげであることは云うまでもありません。
この場を借りてお礼を云わせて下さい。
いつもありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。

皆さん、駄文にお付き合いくださり、ありがとうございましたですぅ〜う@
次は、翔風館との交流の立役者であります山本善光さんにバトンタッチをいたします。
善光さんよろしくですぅ〜う@


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