×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

リレーエッセイ 前田亮 第3回
『Sのこと』
前田亮
甲府サロン中央支部・相談役




 ケーイチありがとね。今回のリレーエッセイは以前パイナップルに書いたようなチャラチャラしたものじゃなく気合いを入れて書きました。この事はずっと俺の中にしまっておこうと思っていたのですがだいぶ時間もたって気持ちの整理もついたので、あの頃を振り返りながら厚書きしたいと思います。ちょっと長いけど我慢して読んでくださいませ。

「Sのこと」

俺が初めてSに会ったのは千葉の大会だった。当時の俺から見たらSは雲の上の存在で「すげえ奴がいるんだなあ」ぐらいの印象だった。そのころの俺の実力は千葉でベスト64にも入らない程度だったと思う。ほんとに弱かったなあ。
そんなだから千葉県大会では予選を通過することすら難しく、仮に通過したとしても1回戦で知らないオヤジに惨めな敗退で早々に午前中お帰りコースの繰り返しだった。しかも当時の千葉県大会ではAルール(笑)と呼ばれる理不尽なルールがあり(代表常連者は遅刻したら予選免除もしくは1勝通過でよいというまさに強者優遇のルール)俺がSと当たる事などほとんどなかったのだ。

俺が初めてSと公式戦で指したのは平成最強だった。平成最強はフリー参加の全国大会という感じで俺のような雑魚でも予選からアマチュアトップクラスの強豪と指せることが出来る素晴らしい大会だ。俺は2回戦でSと当たり当然のようにボロボロに負かされた。Sの卓越した将棋センスと中盤の閃き、鬼のような終盤力に圧倒された。これほど違うものなのか。負けて悔しくなかったのはこの時が初めてだった。完全に俺とはモノが違うとわかったからだ。Sの将棋は俺にないモノばかりだった。ひと言でいうのは難しいが華がある将棋だった。

俺はいわゆる町道場出身者(将棋ピープルを出身別に分けると他に奨励会出身者学生将棋出身者等がある)で普段はたいてい地元の将棋道場に通っていた。 ある時いつものように道場に行くとSがいた。Sはあの平成最強の時からなぜか俺の事を覚えていてくれたようだ。その日の夜はSと一緒に何時間も話をした。 Sの話は熱かった。将棋に対する情熱だけでも俺をはるかに上回るものがあった。その話の中でSがほんの少しだけ俺の将棋を誉めてくれた。俺にはそれがものすごく嬉しかった。この時が俺の将棋ピープルのスタートだったんだと思う。

いったい俺はSと何局将棋を指したんだろうか。
Sの家で10分切れ負けを三日三晩指し続けたこともあったし道場で朝まで指す事なんてあたり前だった。Sと会うたびに最低でも10局、普通に20局は指していたと思う。俺が初めて将棋の才能ってやつを感じたのはSだった。
何番指しても勝てなかった。俺の受けはSにすべて攻め潰され、俺の攻めはSにすべて受けきられた。どんなに俺が優勢でも逆転された。負けてボーとした頭でほとばしる才っていうのはこういう奴のこと をいうんだろうなあと思った。
俺はSの将棋に憧れた。Sのような将棋が指したいと本気で思っていた。(俺はSの将棋から多くを学んだが今の俺はSとは正反対の鈍臭い将棋になってしまった。Sが今の俺の将棋を見たらいったいどう思うのだろう)いくら負けても俺はSと将棋を指すのが楽しくてしょうがなかった。

俺が一番並べたのはプロの棋譜じゃない。Sの棋譜だった。Sは公式戦、研究会をとわず膨大な量になる自分の棋譜をすべて手書きで棋譜ノートに書いていたのだ。Sは半ば強制的にその棋譜を俺に見せて自分がどういう読みをしてこの手を指したのかを説明してくれた。今思うとそこらの道場あんちゃんだった俺にとってこの棋譜並べは最高に恵まれた勉強法だったと思う。まったく自分の知らなかった考え方と大局観。苦しい時の指し方と逆転を狙う方法。優勢になった時の指し方と逆転を許さない方法など、俺はSの棋譜を並べて勉強した。Sとの数え切れない実戦とこの棋譜並べで俺はそこらにゴロゴロいる道場あんちゃんという壁を知らないうちに乗り越えられたと思っている。俺は本当に幸せ者だった。

Sは将棋に関しては溢れるような才能と情熱があったが人間関係の面ではかなり苦労していた。おそらく職場ではずっとつらかったと思う。
俺と出会ってからしばらくして新しい職場に移ったがこの頃からSの将棋人生の歯車が狂ってきたように思えてならない。

Sが俺に研究会を紹介してくれたのはこの頃だ。その研究会こそ俺の運命を大きく変えることになる@風館だった。そして若くしてその@風館を作りあげ5年後に全国支部対抗戦でチームメイトとして一緒に戦う事になる鈴木晃館長だった。
Sは俺を@風館に紹介するため当時の幹部に強烈な推薦をしてくれていたのだがその事を知ったのは後になってからだ。本当に俺は何も知らなかったんだな。
その研究会で俺は世の中の広さを知った。古賀さん、桐山君、嘉野君、久記君と他にも数えたらきりがない人間も将棋の実力も素晴らしい強豪達。

「俺には将棋しかないんだ!俺から将棋を取ったら何も残らないんだ!」と言っていたSが急速に将棋に対する情熱を失い始めた頃、俺の心もだんだんSから離れていった。俺は本当にSの親友だったのだろうか。Sの将棋の才能に憧れて一緒にいただけだったんじゃないのか。
今でもあの時の事を思い出すと涙がでてくる。俺は取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない。俺がSをダメにしてしまったのだろうか。許してもらえないかもしれないが俺はSに心から謝りたい。なんで俺はあの時このひと言が言えなかったんだろう。「S、本当にごめんよ」

今Sはまったく将棋をやっていないだろう。
でも何年か何十年か経ってもし再会する機会に巡り会えたなら、俺はもう一度あの頃のようにSと将棋を指したい。そしてこんな会話を想像してしまうのだ。

「S、ひさしぶりにまた俺に将棋を教えてくれよ」
「前ちゃん弱いからなあ。ま、暇つぶしぐらいにはなるかな」

まったく勝てなかったあの頃より俺も少しはマシになったと思うんだけどなあ。

最後になってしまったけど俺は本当にSに感謝している。
「今の俺があるのはお前のおかげだよ。Sありがとう」


次は俺の恩人であり、友達であり、そして最高のチームメイトである晃さんにバトンタッチしたいと思います。館長よろしく!



第4回   「鈴木晃」   へ